フライト当日。視聴覚準備室に置いていた材料をすべて小体育館に持って行く。クジラの中に入り、電球を吊るすためのロープを貼付ける。模型を持ってどの位置に付けるかを確認するが、外側から見る位置を内側から探すことは容易ではない。クジラを回転させながら付けるので、中に入っていると全ての風景が動き奇妙な感覚を覚える。
それと平行し小学生が送風口を塞ぐためのロープを蓋に接合する。離陸直前に蓋を付けるのは小学生が行う。付け終えてから練習をすることで10秒ほどで付けられるようになった。
小学生が送風口のリングをクジラに接合しながら、中学生はクジラを操作するためのロープを取り付ける。フライト模型で実験したときにポジションを決めた。宙と地上とを結ぶ4本のロープだ。
お昼休みに天気がいいので外で昼食をとる。青空で雲は無い。しかし風が強い。ペットボトルが倒されるほどだ。この風のままでは飛ばすことはできないだろう。夕凪に風が弱まってくれることを願うしかない。
午後になり最後の追い上げに入る。取り付けられているヒレに空気が巡るように胴体に穴を開ける必要がある。計4つの穴を中学生と小学生で開けていく。
電球のチェック、取り付けをする一方、フライト模型を使いながら最後のフライトシミュレーションを行う。各ロープを担当する、イッチーとサキ(トップ)、トモとマホ(テール)、ヒビキとリュージ(右ヒレ)、ノブとマスミ(左ヒレ)が集まり回転の動きを把握するまで行う。クジラや他の人の動きを見ることが自らの動く道しるべになる、そのような動きの違いが幾度も失敗を重ねるうちに見えてきた。
夕方5時になるがまだ風は強い。少しでも風が弱まることを祈りながらフライトに必要なものをグラウンドに運び出す。ブルーシートにクジラを包み、その周りをみんなで取り囲む。包まれたクジラを持ち上げ大事に大事に体育館からゆっくりと運び出す。外はもう暗く、来場者が集まっている。これからが最後の制作、フライトだ。
暗闇の中でブルーシートを解きクジラを広げる。風はまだ強い。コードやロープの準備ができ膨らませられる状態になり、最後の確認ミーティング。どのような状況でもこいつは飛べる、そう願いながらイッチーの「絶対に成功するぞ!」というかけ声で自分の位置へと拡散する。
送風機で膨らますやいなや強い風に煽られクジラが大きく歪む。紙の揺らぐ音、それに同調し飛び交う声が耳に響く。半分ほど膨らんだとことで電球を取り付けるため中に入る。風によって大きくなびくクジラの体内でタコ糸と電球を結ぶ。紙が引き裂かれるような音がするが内部は意外にも安心感がある。電球の準備ができ、バーナーを入れる。風は構わず吹き荒れ、その度にクジラは大きくうねり穴が開く。強い上に四方から吹く風だ。リング周りや背中部分が大幅に破れる。修復時も風は止むことは無い。紙に溺れるように、それでも紙をつかみながら破れた箇所を貼り合わせる。ロープを持っている中学生も予定とは違う状況下で荒れ狂うクジラに動かされている。修復され再度送風、バーナーで暖める。内部に熱気がゆき、立ち上がり始める。初めての実寸大の仔鯨を目の前にする。
その仔鯨は想像以上に元気が良すぎたようだ。押さえるロープに対して、まるで腕を振り切るように暴れ狂う。浮力がつき、風が弱まる瞬間を狙う。バーナーを消す。小学生たちが動くリングに蓋をつけリングを放す。離陸のときだ。
中学生がロープを緩め、クジラは夜の空へ舞踊るように上昇していく。フライトの練習を行い、クジラを泳がすことを試みていたが、逆に中学生がクジラに操られ走り回る。風で幾度も地面へと叩き付けられるクジラ。しかしその度に激しく跳ね上がり空へと向かおうとする。揺らぎ、うねる。見に来た人々に光を放ちながら暗いグラウンドを泳ぎ回る。BGMに合わせて乱舞していたかのように音楽が終わりに近づくと地上に戻ってきた。息を切らしながら泳ぎきった様子で体を横たえる。中学生たちも同じように息をきらしていた。
そしてクジラはもう一度、夜の空で荒々しくも力強い姿を見せてくれた。
フライトが終わり、全ての制作が終了した。中学生や小学生も以前には見られなかった表情で互いを見合う。辺りは闇に溶け、いつもの風景に戻っていた。