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年の間

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

2013年になり、早速、近所の神社に行ってみました。

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神社から100メートルくらい離れたところから初詣客の列ができていました。

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境内では、ひょっとこやおたふくがお囃子に合わせて踊っていました。お囃子の音色を聞くとなんだかワクワクします。

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また、帰り道に別のところから太鼓の音が聞こえてきたので行ってみました。こちらはもっと小さな神社。大釜で温かい甘酒を作っていました。

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少し離れたところで、ひっそりと火を燃やしているひとがいました。

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なんだか不思議な光景だったので、なんの火か聞いてみると「お炊き上げ」の火だそうです。

年の終わりと年の始まりの二つの火がありました。

おつかれさま2012

今年も今日で最後。

2012年のふくらむの活動を振り返ってみる。

3月『かげから』
5月『色+色』
9月~『春を蒔く人(仮)』の話し合い

飛ばしたのはこの二つ。夏に東北の海開きイベントという話もあったがボツになってしまった。
2011年が色々あったので、今年の動きがゆったりと感じる。

去年から中学生との制作が、年をまたいで年度末に飛ばすスケジュールになった。
やっぱり気球を作り途中のまま年を越すというのは、まだ慣れない。

作り途中で、とりあえずになってしまいますが、2012年、おつかれさまでした。

擦過傷完治

11月1日に「はらぺこあおむし」の気球のフライトを手伝い、両手と左足をロープで擦りむいた傷が、ようやく完治した。
手は3週間ほどで全ての絆創膏が取れたのだが、怪我をしたときには大したことではないと思っていた左足の回復が思いのほか時間がかかった。

このような怪我を体験すると、日常的な動作がどれほど複雑で、特に指には意外と力がかかっているかがよくわかった。

普段は自分の外側の世界に意識しているが、怪我や病気をすると、自分の外側の世界より、自分自身に意識が向いてしまう。

とにかく完治するのに2ヶ月が長く感じた。そんなことを言うと、アインシュタインからは

「熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです。」

と言われてしまいそうだ。

夢のゆくえ

風船縁に手紙の交流 ヒマワリの種、あさぎり町から宮崎へ
あさぎり町の児童が人権の花運動で飛ばした風船と花の種が、宮崎県南部の串間市の児童宅にたどり着き、手紙の交流が始まった。
ヘリウムが入手困難になっている問題が続くと、このようなイベントもできなくなるだろう。ケンブリッジ大学の化学者Peter Wothers氏はヘリウムの枯渇問題について、風船に使うことすらも問題視している。2009年に使われたヘリウムの10%は風船に使われたそうだ。

資源、環境への配慮を考えるとバルーンリリースをすることは問題視されるだろう。

ただし、風船に結びつけて放ったものが、見えない他者と関係を築けたことで、子どものその後の価値観が変わるかもしれない、ということも考えてしまう。

この意見に対しては、産業的リスクの方が大きいという意見もあるに違いない。

何を大切にするかで判断が変わるのは当然だが、おそらく今後、ヘリウムの価格が上がることは確かだろう。そこで思うのは、「子どもに夢を与えたい」という想いでバルーンリリースをやっていた大人たちが、バルーンリリースがコスト面でできなくなっても、バルーンリリースをすることで編み出せていた「夢」を別の形で行う「工夫」だ。

あったものが無くなったことで、伝えられなくなるというのは敗北だと思う。

今までの難解なポイント

来年3月に飛ばす人型の気球『春を蒔く人(仮)』は、形の大枠の決定にも時間がかかり、さらに、どのような人物かという概念的な部分で難航している。

制作はいつもスムーズには決まらない。そこで今までの気球で悩んだポイントを振り返ってみた。

■2008年『仔鯨』
離乳期となる仔鯨が空中を泳ぐという気球。
親から離れ、一人で海を泳ぐクジラは、どのような姿なのかを小中学生がスケッチをしながら考えた。
▷クジラのの中に広大な海が広がっているという模様に決定。

■2009年『記憶の種』
気球の中からメッセージが付けられた風船が空中で放たれるという気球。
風船を放つだけなら気球から放つ意味もなく、手紙を付けて飛ばしても単なるバルーンリリースになってしまう。風船に「将来の夢」を書いて付けるようなものではなく、風船を拾った人との関係性を発展させたい。
▷気球を観に来た人が「忘れられない記憶」を書き、風船に付け放たれる。その風船を拾った人は、その記憶を読むことで自らの記憶を振り返る。

■2010年『海月』
初めて、参加者である中学生が「どのような気球にするか」というところから考えた気球。気球の形として「クラゲ」というところまで決まったが、なぜクラゲが空を飛ぶのかという話し合いに。
▷クラゲは「海の月」と書いて「クラゲ」と読む。では、クラゲは自らを月をどう思うのかという疑問が浮かび、「クラゲが月に会いにいく」という物語がつくられ、その朗読をしながらクラゲを飛ばした。

■2011年『かげから』
参加者と話し、「宇宙」というキーワードが挙がる。その宇宙をどのように形にするかが課題。
▷地上から星を見ると「点」に見える。そして星々は遠く離れていても光や重力の関係がある。その関係を視覚化し、狭間に立ち入ることができないか。そのようなイメージから、中学生が描いた巨大な絵を筒状にし、気球内部に配置する。気球を飛ばし終えたあとで気球の中に入り、スモークを炊くと柱の色が空間で混じり合う。

新しいことをすると、いつも新しい問題にブチ当たる。

いつでも誰かが

大学時代の友達と都内の小さな居酒屋で数年ぶりに酒を飲んだ。互いの現状を話したり、昔話をして懐かしむ。終電の時間にさしかかり、会計をしてもらっているとき、壁の片隅に書かれたサインが目にとまった。そこには「上々颱風」というサイン。上々颱風は『平成狸合戦ぽんぽこ』のエンディング曲『いつでも誰かが』を歌ったバンドだ。

僕:「このお店、シャンシャンも来てるんだ!」と知人に言う。
知人:「シャンシャンって誰?」と一言。
僕:「ほら、ポンポコの曲とかCMで『愛よりも青い海』とか歌ってる人たち」など一人ではしゃぐ。すると、お店の主人が一人のお客を指し
店の主人:「この方が・・・」
僕:「?・・・!」

なんとすぐそばで飲んでいたお客の一人が、上々颱風のボーカルの人だった。

もうそこからは何を言ったのか覚えてないのだが、いつも持っている小汚い制作ノートにサインをしてもらった。

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まさに、「いつでも誰かが、きっとそばにいる」状態。しかし、突然すぎて、すてきなその名を思い出せなかった。

すみません、西川さん。
そしてプライベートであるにも関わらず、快くサインをしていただきありがとうございました。

ヘリウムの危機

ヘリウムガス:供給不足で風船販売中止 産業に影響拡大も

ヘリウムガスが世界的な供給不足に陥っている。世界生産の7割超を握る米国で大規模ガス田の設備トラブルが相次ぎ、供給量が急減したためだ。
東京ディズニーランドも初めてヘリウム風船の販売中止に追い込まれ、風船を使ったイベント演出は当面できないと言われているそうだ。

ふくらむでも、ようやく来春の3月に飛ばす気球も「春を蒔く人」というテーマが決まったところ。つぼみを抱いた人が空に浮き上がり、つぼみから「春」に見立てた風船が放たれるというアイディアがやっと見えてきたのに、このままヘリウムの入手が困難だと、春が蒔けなくなってしまう。

2009年に飛ばした『記憶の種』のときにお世話になった「夢ふうせん」というヘリウムガス、バルーンアートを扱っている会社も、現在ヘリウムは在庫がないようだ。

うーん、どうしよう。

巨大サンタ

今日はクリスマスです。

テレビを見ていて気になったCMがあります。


コカコーラのCMですが、妙にリアルな動きをする巨大なサンタが登場します。
このサンタはおそらくラ・マシンのものでしょう。

3年前の横浜の開港150周年イベントで、横浜市が5億円で蜘蛛型ロボットを買って話題になりましたが、その蜘蛛を作ったのがラ・マシンというフランスのスペクタクルアート劇団です。

確かな情報源が見つからないのですが、まぁ間違いないでしょう。

どうでもいいことですが、このサンタはどうやって煙突から入るんだろう。

『春を蒔く人』ふくらむミーティング2

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今月9日にミーティングをし、『春を蒔く人』の解釈が各々で違うことから、自分が想像する『春を蒔く人』を粘土で作り改めてミーティングをすることになりました。

そして持参された模型たちがこれら

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左の模型の人物像は、体に春夏秋冬を持っていて、季節を作っている人。1年中役割がある。

中央の模型の人物像は、冬になると死を迎え春になると再生される、言わば生命の象徴のような存在。

右の模型の人物像は、「春を蒔く人」というより「春を暖める人」。卵のようなものを持っていて卵を孵らすために、自分の体温を与えるような存在。

また、「春を蒔く人」は黒子のような存在で、春を包んでいるつぼみが主体であると捉えているから、人型はビニールで作り、つぼみだけ色とりどりのイメージという意見もあります。

それぞれ違ったイメージを持っていて、各自が想像している形もはっきりしました。が、問題はこれら違ったものをどうやって一つに決めるかということです。

誰かが「他のアイディアを潰しても自分の案を進めたい!」ということもなく、かと言って、どの案も誰もが一致して面白い、つまらないというものもありません。

悩んだあげく、そもそも参加者である小中学生の意見を聞く必要があるので、来年の最初の制作で、これらの模型を持っていき、また参加者が作った粘土の模型も一緒に見ながら決めることにしました。