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ダチョウは飛ぶことをやめたのか?

ナショナルジオグラフィックから興味深いニュースがひとつ。

ダチョウは恐竜絶滅で飛ぶのをやめた?

要約すると、かつてダチョウなどの飛ばない鳥も飛ぶことができていて、恐竜が絶滅したあとでは捕食動物がいないため飛ぶ必要がなくなったという研究発表。

これまでは共通の飛べない鳥の祖先から進化したという説だったが、飛べていた鳥が飛べなくなった、というより飛ぶ必要が無くなり、飛ぶことをやめたという考えが面白い。

「人が飛ぶ」となると夢やロマンという言葉が使われることが多いけど、恐怖心に後押しされて必死になって飛んだのは人間も同じところがある。

例えば、飛行物の中でも歴史の深い中国の凧は、もともとは軍事通信用に使われていた。また、フランチェスコ・ラーナは『予告』(1670年刊)の中で
「飛行船がいつでも好きなときに市中の真上に現れて乗員をそこに着陸させられるとしたら、どんな都市でも不意打ちは免れないことを、誰が分からないことか」
と述べているように、人もまた敵の攻撃から逃れるための監視システムであったり、次元を変えて獲物を捕らえるための武力を目的として飛ぶことが研究されてきたのは事実だ。

飛べない鳥が捕食動物がいなくなったために飛ぶことをやめたことを信じるならば、人類が飛んでいる現在を思うとまだ何かの恐怖心にかられているのかとも思う。

が、人間には目的もなく、飛びたいという欲求だけで飛ぼうとした人がいることも事実だろう。そこに人間のみが許された飛び方があるようにも思う。

が、こういうことを考える一方思ってしまう。もしかしたら、最初に飛んだ生き物もただ飛びたいというエネルギーで飛べるようになったのではないかと。

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